そんな気の子。

たけのこ、たけのこ。

免許更新と夏

前回の免許更新から5年がたち、再びの更新である。相変わらずペーパードライバーで、結局1回も運転せずに更新となった。年会費のかかるただの身分証明書である。

 

お盆休みに免許更新手続きができるのは夏生まれの特権である。今日は会社休日。昼頃に近所の個人経営の1000円カットで髪を切り、汗をかいたのでシャワーを浴び、昼飯を食べ、満を持して警察署に向かう。

 

私は優良運転者(正確には優良運転者)なので近所の警察署で更新ができる。思えば前回の更新もそうだった。5年前は働き始めたばかりで、まだ結婚もしていなかった。5年間で結婚、住宅購入、転職となかなかのビッグイベントがあった。さらに言えばデイリーポータルZというサイトで記事を書かせてもらえるようになったし、個展も開いた。全部5年間のできごとだ。

 

警察署への道中、JRの構内にある証明写真機(ふだんは全く目に留まらないのだが、今日に限ってばっちし見つけられた) で写真を撮る。1枚900円で、美白モードだと1枚1000円もする。証明写真機の相場は600~700円の気持ちだったのでこれには「ひぃ!」となったが、もうそこそこの大人なので動じることなく1000円の美白モードを選択。ひと昔前より明らかに画質がよくなっており、この値上げはテクノロジーに支払われたのだと腑に落ちた。

 

川崎市中原警察署のドアの前では棒を持った女警官がいかつい表情で立っており、「校門に立つ竹刀を持った生徒指導課の先生みたいだ」と思った。しかし、この表現はアニメや漫画の中でしか見たことが無く、実際にこの目で「校門に立つ竹刀を持った生徒指導課の先生」を見たことがないため、今回がそのジェネリック版であるとはいえ初めて生で見ることができ、「幸先がいい!」と思った。

 

警察署についたのは15時50分。受付は16時までである。ぎりぎり。免許更新のカウンタには列ができており、自分が到着して間もなく自分の後ろに5人ほど並んだ。みんな受付終了ギリギリに来た者としてシンパシーを感じた。また自分の前のおじさんは「まだ写真とかも撮ってなくて~」と言っており「さすがにそれは無理すぎるやろ」と心の中でツッコんだ。

 

列が進み自分の番になると、「それではあちらの緑の屋根の建物で収入証紙を買って、こちらの機械で書類を作成してください。受付が16時までなので急いでください」と言われる。なんとまだ受付は完了していないのである。現在15時53分。こうして突如として「免許更新手続きRTA (Any%、バグ無し、目標タイム7分)」が始まったのであった。

 

まずは警察署の敷地内にある緑の建物 (交通安全協会) に向かう。これについてはいったいぜんたいどういう仕組みなのか全くわかっておらず、毎回気になっているのだが、調べるほどでもない。警察とは別の交通安全協会という団体があり、そこにお金を払う必要があるのだ。しかし手続き自体は警察署で行われる。さらにいえば免許更新の通知ハガキには神奈川県公安委員会と書かれている。警察、公安、交通安全協会の謎のトライアングルに思いを馳せ、まるでパチンコの景品交換所のような三店方式に従い、収入証紙をゲットした。15時56分。

 

警察署に戻り、機械に現在の免許証を挿入すると、手続き書類が吐き出される。その書類に署名などをして、通知ハガキ、証明写真、免許証、手続き書類をそろえて提出しタイマーストップ。15時59分。完走した感想「後ろの5人はどうなったんだろう」

 

免許更新担当のお姉さん(5年前もこの人だった気がするけど気のせいかもしれない)はおそらく1日に何十、何百人と相手にしており、すべての動きや言葉に無駄がなく最適化されている。私は彼女のペースについていくのがやっとである。手続きを経て、講習室に案内される。

 

講習室では三菱電機製の正方形のブラウン管にPioneer製のDVDプレーヤーが接続されており、ビデオの再生はすでに7分ほどを経過していた。ビデオは流しっぱなしだが、いつ入ってきてもいいシステムである。こんなにも機材情報に詳しいのはすでに部屋はほぼ満席で最前列しか空いていなかったからだ。

 

かに座としし座とおとめ座しかいない講習室(しかも全員受付時間ギリギリ来た人たち) で流れていたビデオでは、主婦の女性が右折の際に対向車の死角から出てくるバイクを轢いてしまう映像が流れていた。主婦の驚く顔が名演技で、「これは署員にしてはよく出来すぎている。劇団員かもしれない」と考えていた。

 

そのあとビデオではこの場面を「交通安全のスペシャリスト」的な謎の肩書のおじさんが解説していた。おじさんは笑い飯の西田に似ていて、いかにも大喜利が強そうな印象であったが、「これは典型的な右折の事故ですねぇ~」と至極ふつうなことしか発言していなかった。

 

ビデオはその後も同様に「事故の場面の再現VTR」→「西田の解説」を計4ラリーほど繰り返すのであった。3ラリー目の再現VTRのドライバーはいかにも新人の警察官が撮影に参加させられているような雰囲気でとてもよかった。しかしこのビデオは相当古そうなので、「この新人警官も今は立派な巡査部長として活躍しているであろう😉」と勝手に想像しうっとりするのであった。(このVTRでも西田は「これは典型的な出会い頭の事故ですねぇ~」と言っていた)

 

4ラリー目が終わるころに、教室の左前方のすみっこのポジションにおじいちゃん先生が入ってきた。左腕にはシルバーの立派な腕時計をしていて、首から「安全教育指導員」(正確な名称は忘れた) 的なものをぶら下げていた。詳しいことは何一つわからないが、直感で「天下りだ!」と思った。ふだんの生活で天下りを意識することがないので、天下りを意識する場面に遭遇すると、それだけで脳が活性化されるのであった。

 

天下りおじいちゃん先生(失礼すぎる)は、「教本の4ページを開いてください」と言った。(実は先ほど手続きをしたときに教本が配られていたのだった。) 4ページには高齢者の運転免許更新のフローチャートが書かれており、「今年の5月に制度が変わって75歳以上で一定の違反歴のある人は更新時に運転技能検査が必須となった」ということを5分近くかけて丁寧に教えてくれた。しかし、講習室内のチーム夏生まれは見渡す限り全員がおじさんとおばさんで、75歳以上の人は一人もいないように見えた。

 

その後、おじいちゃん先生は「車間距離を取ろう」「ハイビームに気を付けよう」「あおり運転はヤバい」などをさっと流しながら説明するなど、独特の時間配分を見せつけていた。しかし最前列に座る私は、この座学が教習所や学校の感じに似ていてどこか懐かしく、おじいちゃん先生の目をちらちら見てうなずきながら熱心に話を聞いていたため、おじいちゃん先生に完全にロックオンされ、終盤はなんども直接話しかけられるように教えられた。内心、「そんなにも丁寧に教えていただくのはありがたいのですが、私はこの5年間1度も車に乗らなかったし、この先の5年間も1度も車に乗らないですよ」と思いながら、にっこりと相槌をうつのであった。

 

ひとしきり説明が終わると、おじいちゃん先生は「これからまたさっきのVTRを流すのでさっき途中で入ってきた人は『このシーンさっきも見たな』と自覚したタイミングで受付に寄って帰ってくださいね」と言った。我々は受付時間ギリギリに来たとはいえ、くさっても優良ドライバーなのである。なのでビデオの視聴時間の管理もセルフでいいぐらい、たいへん信用されているのである。私は劇団出身の主婦が30分ぶりにバイクを轢いたのをこの目で確認し、講習室を出て受付に寄った。てっきり即日で新しい免許証がもらえるものと勘違いしていたが、そうではなく、1か月後に受け取りに来る必要がある。それまでは今までの免許証を使えるよう、有効期限を延ばすスタンプを裏面押してもらった。まぁ使わないんですけど。

 

警察署を出るとまだまだ続く夏の暑さが夕方にもかかわらず猛威を振るっていた。イトーヨーカドーに寄ってちょっと涼んだあと、駅前の細い道路をいつもなら横断歩道がないところを渡ってショートカットするのを、免許更新のあとは交通ルール順守意識が200パーセントぐらいになっているので10メートルほど道沿いに歩き、ちゃんと横断歩道を渡って駅に向かった。次の5年後はどこでどうしているだろう。子供がいるかもしれないし、いないかもしれない。同じところではたらいているかもしれないし、ちがうかもしれない。Twitterはたぶん続けていると思います。おわり。